
20年以上前の、ある患者さんとの出会い
20年以上も前の話です。
あのご夫婦のことが記憶から消えることはありません。
私が理学療法士として病院に勤務していた頃の話です。
Aさんは、脳梗塞を発症して入院されていました。
リハビリを重ねるにつれて、少しずつ歩けるようになっていきました。
一本杖を使えば歩ける。
横断歩道を渡り切るには、少し時間がかかる。
それでも、私から見れば、安心して見ていられるくらいまで回復していました。
男は立ってションベンしたい
ある日のリハビリ中のことです。
Aさんが、私に話してくれました。
「小田さん。病室からトイレに行くときは、ナースコールを押して、看護師さんと一緒に行かなきゃいけないんだよ」
「そうなんですね」
「それも座ってションベンするんだ」
私は思わず笑みがこぼれました。
安全のためにも座ってするのがルールですからね。
Aさんは続けます。
「やっぱり男は立ってションベンしたいじゃないか」
そして、少し間を置いて、
「小田さんが付いているから、立ってションベンしていいかね?」
そう言いました。
Aさんにとっては、大事なことでした。
笑ってしまったことを、申し訳なく感じたことを覚えています。
「自分でトイレに行く」
その当たり前だったことが、脳梗塞を境に、当たり前ではなくなっていたのです。
どうすれば安全に立って用を足せるのか。
どこに杖を置くのか。
どうやって身体を支えて、ズボンを下ろすのか。
私たちは、そんなことを一つひとつ試しながら、安全に立って用を足すことに挑戦しました。
Aさんが立って用を足せたとき。
Aさんの顔が、とても満足そうだったことを覚えています。
「いやぁ、気持ちいいな〜」
そう言って笑う。
その笑顔は、脳梗塞の患者さんというよりも、
大袈裟かもしれませんが、
「男の尊厳の回復」のお手伝いができた!と嬉しくなりました。
まだ駆け出しだった私は、Aさんの明るく、人懐っこい人柄にずいぶん助けてもらっていたのだと思います。
そして、Aさんが退院してからも、外来リハビリで担当することになりました。
回復
歩くスピードはゆっくりでした。
それでも一本杖を上手に使い、自分の足で歩いていました。
「〇〇が不自由なんだよ」
「〇〇ができれば、もっと楽なんだけどな」
リハビリをしながら、そんな話を穏やかにしてくれました。
今思えば、Aさんはどこか堂々としていました。
「俺のほうが不自由なんだ」
「俺のほうが大変なんだ」
そんな雰囲気も、少しあったように思います。
私の父も脳梗塞の右半身麻痺があります。
父の言葉で印象深い言葉があります。
「医者やリハビリやお見舞い人たちが、(症状が)軽くてよかってね。と言うけど、俺にとっては軽いも、重いもないんだよ。軽くてよかったね。と言われることがムカつく。」
Aさんの発言からはAさんにしか感じ得ない、苦しみがあることは理解していました。
「大変ですよね〜」と同意をする以外の表現は持ち合わせていませんでした。
Aさんの後ろの奥様
病院には、いつも奥様が車を運転して来られました。
Aさんがリハビリをしている間、奥様は少し離れた待合室に座っていました。
10メートルほど離れたところから、見学している。
リハビリが終わる。
3人で次回の予約を取る。
すると奥様は、深々と会釈をされます。
そしてAさんの少し後ろを、ゆっくり歩いて帰っていく。
それが、いつもの光景でした。
私は、その光景に何の疑問も持っていませんでした。
それが「通常」だと思っていたからです。
ところが、数か月が経った頃。
少しずつ、変わってきました。
Aさんは変わりません。
いつものように穏やかで、楽しそうにリハビリをしています。
変わったのは、奥様でした。
最初の頃と比べると、明らかに表情に疲れが見えるようになりました。
Aさんよりも奥様が疲れている。
リハビリが終わり、次回の予約を取る。
「ありがとうございました」
奥様はいつものように頭を下げます。
そしてAさんの後ろを歩いていく。
ただ、その後ろ姿が、以前より小さく見えました。
私が見ていたのは、Aさんだけ
Aさんは元気になっている。
歩けるようにもなっている。
それなのに、なぜ奥様は疲れて見えるのだろう。
そして、ある日。
自分の思慮の至らなさに気づきました。
私はAさんの歩く姿ばかりを見ていました。
でも、すぐ後ろの奥様そのものを見ていませんでした。
Aさんの歩くスピードに合わせて歩く。
毎回、車を運転して病院まで送る。
家では、転んでいないか気にする。
お風呂で倒れていないか心配する。
怒らせて、血圧が上がりす再発しないか、心配になる。
結局、奥様は言いたいことも言えない。
もしかしたら、
「これ取ってくれ」
「あれ取ってくれ」
家の中では、そんな何気ない頼みごとも、日々多々あったのかもしれません。
じつは、家ではわがままだったりとか。
もちろん、奥様から聞いたわけではありません。
私の想像です。
でも、Aさんの身体が不自由になったことで、奥様の生活にも変化が生まれたのは間違いのない事実と思います。
そんなことを考えるようになりました。
言葉にできない苦しみ
そして、もう一つ。
リハビリが終了してからのことですが、Aさんのことも違って見えるようになりました。
「Aさんは、自分の身体は病気なんだから仕方ないと思っていたのかな」、
だから堂々としているように見えたのかな。
でも、本当にそうだったのだろうか。
もしかしたらAさん自身も、
「妻に迷惑をかけている」
「本当は妻が疲れているのに気づいているけど、頼らなければならない」
そんなことを、心の中では感じていたのではないか。
ただ、それを言葉にすることができなかったのではないか。
特に、私が出会った当時の世代の男性には、そんな人が少なくなかったように思います。
家族に「ありがとう」と言う。
「迷惑をかけている」と伝える。
「本当は申し訳ないと思っている」と口にする。
そんなことを、照れくさくて言えない。
あるいは、男が弱音を吐くものではないと思っている。
Aさんも、もしかしたらそうだったのかもしれません。
だから病院では明るく振る舞う。
冗談を言う。
そして、リハビリが終われば、何事もなかったように奥様の少し前を歩いていく。
でも、その胸の内には、
「妻に申し訳ない」
そんな気持ちがあったのかもしれません。
もちろん、これも私の憶測です。
Aさん本人に聞いたわけではありません。
だから、本当のところは分かりません。
ただ、あのご夫婦を思い出すうちに、
病気によって苦しむのは、病気になった本人だけではない。
そして、
支える家族も、本人には言えない苦しさを抱えている。
そう思うようになりました。
「自分でできること」と「誰かの負担」は同じではない
Aさんにとって、一本杖で歩けるようになったこと。
トイレに行けるようになったこと。
少しずつ自分でできることが増えていくこと。
それは、間違いなく回復です。
でも、
「自分でできること」が増えることと、
「誰かの負担がなくなること」は、同じではない。
そのことに、私は初めて気づきました。
脳梗塞の後遺症で苦しんでいるのは、もちろんAさん自身です。
思うように身体が動かない。
以前なら簡単にできたことができない。
人に頼らなければならない。
それは、間違いなくつらいことです。
でも、その隣には、本人とは違う苦しさを抱えている家族がいることもある。
私は、そんなことを考えるようになりました。
身体を大切にすることは、自分だけの問題ではない
もし、発症する前から
自分の身体にもう少し目を向けていたら。
もし、仕事が忙しくても、
身体を動かす時間をつくっていたら。
もし、食事や喫煙など、
自分で変えられることに目を向けていたら。
もちろん、「もし」はありません。
病気なったことを本人の責任にするつもりはありません。
病気は、自分ではどうすることもできないこともあります。
だからこそ、余計に思うのです。
自分の身体を大切にすることは、
自分だけの問題ではない。
自分が元気でいる。
自分で歩く。
自分で出かける。
自分で食事をする。
自分の好きなことをする。
それは、単に「自分のため」のように見えます。
でも、その後ろには、
一緒に暮らすパートナーがいる。
子どもがいる。
親がいる。
友人がいる。
もしかしたら、私たちが何気なく過ごしている一日そのものが、誰かの笑顔を壊さないでいるのかもしれません。
大切な人の笑顔を守るために
あの日、Aさんは一本杖を使って、ゆっくり歩いていました。
その後ろを奥様が歩いていました。
私はずっと、Aさんが「歩けるようになった」ことを見ていました。
でも、本当に見なければいけなかったのは、その後ろにいる奥様の姿だったのかもしれません。
(理学療法士としてもう少し違う角度から介入することができたのかもしれない)
そして今でも、あの光景を思い出すたびに考えます。
自分自身が元気でいること。
それは、自分のためだけではない。
大切な人と一緒に過ごすため。
一緒に出かけるため。
一緒に笑うため。
そして、
大切な人の笑顔を守るため。
自分自身の元気と笑顔は、
大切な人への最高のプレゼントなのではないか。
私は、あのご夫婦から、そんなことを教えてもらいました。

